騒音&丸見え!それでも住める不思議なアパート

不動産投資をしていると、「こんな環境で本当に人が住むのか?」と疑問に思う物件に出会うことがあります。その一つが、ある私鉄沿線の急行停車駅の真ん前にあるアパート。駅近という点では最高ですが、問題は立地。線路沿いどころか、ホームの目の前に建っているのです。

このアパート、カーテンをしていなければホームで電車を待っている乗客と目が合うレベル。朝、寝起きの顔を乗客にお披露目する羽目になるかもしれません。そして朝4時台から始まる電車の騒音。ガタンゴトン、ガタンゴトン……。

「いや、こんなところ住めるわけがない!」と普通なら思うでしょう。でも、意外や意外、住人はなかなか出ていかないんです。

実際に住んでいる人に話を聞いてみると、「最初はうるさかったけど、慣れたら気にならない」「むしろ静かすぎる場所のほうが不安になる」とのこと。さらには「カーテンさえ閉めればプライバシーの問題は解決」「電車が来るたびに目覚ましになるから寝坊しない!」なんてポジティブな意見まで。

毎日電車の音を聞いているうちに、それが当たり前になり、逆に音がしないと落ち着かない。これはまるで、都会の雑踏に慣れた人が静かな田舎に行くと落ち着かないのと同じ現象かもしれません。

不動産投資の観点から見ても、これは興味深い事実です。デメリットと思われる要素が、住む人にとっては慣れの問題でしかなく、結果として退去率が低いというのは面白いポイント。

つまり、不動産投資において大事なのは、「普通の人が住めるか?」ではなく、「住んでくれる人がいるのか?」ということ。騒音&丸見えアパートでも、人が出ていかないなら、それは立派な資産なのです!

マッチポンプと自己矛盾がはびこる国、日本

世の中を見渡すと、「お前が火をつけたんやろ!」と突っ込みたくなる出来事が多すぎる。そう、マッチポンプが蔓延しているのだ。マッチポンプとは、簡単に言えば「自分で問題を作って、自分で解決してヒーローぶる」こと。例えば、

  • 企業「若者の〇〇離れが深刻です!」
    → いや、そもそもお前らが値上げしまくったり、使いにくくしたりしたんやろ!
  • 政治家「少子化対策が急務です!」
    → いや、今まで放置してたの誰やねん!しかも増税とか言ってるけど、それ逆効果やろ!
  • メディア「最近の若者はニュースを見ない!」
    → いや、見たくなるようなニュース作ってる?煽りと偏向報道ばっかやん!

こんな感じで、「お前が原因やん!」というボケ(マッチポンプ)が日本社会にはびこっている。

突っ込む人材、人手不足問題

問題は、こうしたマッチポンプや自己矛盾に**「おい、それおかしいやろ!」**と突っ込む人材が圧倒的に不足していること。お笑いでいうと、「ボケは大量にいるのに、突っ込むやつがいない」状態。これはもう、漫才として成立していない。

突っ込みがいないから、ボケがボケのまま暴走する。結果として、意味不明な政策や理不尽な社会問題が量産される。日本社会は、まるで突っ込みのいないコント番組のような状態になっているのだ。

なぜ突っ込みが足りないのか?

  1. 空気を読む文化
    「突っ込んだら場の空気が悪くなる」と思ってしまう。でも、そもそもその場の空気がすでに悪いんだから、突っ込んだほうがマシでは?
  2. 同調圧力
    「みんな黙ってるんだから、お前も黙れ」的な風潮。いや、全員ボケに乗っかってどうするねん!
  3. 突っ込み不足教育
    学校では「先生に逆らうな」「決められたことに従え」と教えられる。つまり、突っ込みスキルを磨く機会がない。お笑い教育を導入すべきでは?

日本社会の突っ込み改革案

  1. 義務教育に「ツッコミの授業」を導入
    • 「それ矛盾してるやん!」と指摘する訓練を小学校から実施
    • 教科書の中にわざとボケを仕込んで、ツッコませる問題を出す
  2. 政治家・官僚にツッコミ試験を義務化
    • 「この政策、マッチポンプじゃないですか?」と聞かれて詰まるやつは即失格
  3. メディアの報道に突っ込み枠を追加
    • 「今のニュース、自己矛盾してますよね?」とその場で指摘する専門家を配置
  4. SNSで「#突っ込み大喜利」開催
    • 企業や政治家の発言に対して、全国民が全力で突っ込む文化を推奨

こうして日本に「突っ込み文化」を根付かせれば、マッチポンプや自己矛盾の横行を防ぐことができるだろう。

結論:みんな、もっと突っ込もう!

ボケっぱなしの社会はしんどい。突っ込みがいないと、同じボケが何度も繰り返され、最終的に全員が「なんかおかしいけど、まあええか…」と諦めムードになってしまう。そんなのはつまらない。

だから、もっと突っ込もう。「おい、それおかしいやろ!」と声を上げよう。突っ込みこそが、社会をまともにする唯一の武器なのだから。

紀藤正樹弁護士が、石破首相が参院選において自民党公認の杉田水脈氏の発言に「強烈な違和感」を覚えた

紀藤正樹弁護士が、石破首相が参院選において自民党公認の杉田水脈氏の発言に「強烈な違和感」を覚えたとする報道について言及した。これについて、私はこの国の社会問題として常々指摘している「マッチポンプ」と「自己矛盾」の典型例だと考える。

まず、「マッチポンプ」とは、自ら火をつけておきながら、さもそれを消火しようとするかのように振る舞うことを指す。この場合、自民党が杉田水脈氏を公認しながら、その発言に違和感を示すという構図が、まさに「マッチポンプ」そのものである。党として公認する以上、候補者の発言や思想は事前に把握しているはずであり、それを後から批判するのは筋が通らない。

また、「自己矛盾」の側面も顕著である。石破氏が本当に杉田氏の発言に違和感を持つのであれば、なぜ自民党は彼女を公認したのか。この矛盾を放置したまま「違和感がある」と述べることは、まさに政治的な自己矛盾であり、説明責任が求められる。党内での議論や選定プロセスにおいて、そのような意見を反映させる機会はなかったのか、あるいは意図的に無視されたのかが問われるべきである。

このような事例は、日本の政治だけでなく社会全体に広く見られる傾向である。企業、行政、メディアなど、多くの場面で「マッチポンプ」と「自己矛盾」が繰り返され、問題が根本的に解決されることなく、表面的な批判と対応の繰り返しに終始している。結果として、社会全体が不信感を募らせ、建設的な議論が進みにくくなっている。

政治家や政党が本当に社会の課題を解決する気があるのならば、まずは自らの行動と言葉の整合性を保つことが不可欠である。その場しのぎの対応ではなく、真に責任ある政治を求めたい。

1980年代後半のファミレス出店ラッシュと不動産事情

1980年代後半、日本はバブル景気の真っ只中。その恩恵を受け、全国でファミリーレストラン(ファミレス)の出店ラッシュが起こりました。「右を向けばファミレス、左を向いてもファミレス」と言われるほど、街のいたるところで新規オープンが相次ぎました。今回は、このファミレスブームと不動産市場の関係について振り返ってみたいと思います。

バブル経済が生んだファミレスブーム

バブル景気の影響で、不動産価格が急騰し、多くの企業が不動産投資に走りました。不動産業者や地主にとっては、店舗用地を確保し、テナントに貸し出すことで莫大な利益を得るチャンスでした。その流れの中で、安定した集客力を誇るファミレスチェーンが次々と新規出店を果たしました。

特に郊外の国道沿いや駅前など、アクセスの良い場所には、デニーズ、ガスト、ジョナサン、ロイヤルホストなどの大手チェーンがしのぎを削るように出店しました。土地価格が上がり続ける中でも、長期的な賃貸契約を結ぶことで出店ラッシュは加速。これにより、都市部だけでなく、地方都市にもファミレスがどんどん増えていきました。

夜通し語り明かしたファミレスの風景

当時のファミレスは、ただ食事をするだけの場所ではなく、深夜まで友人と語り合う憩いの場でもありました。24時間営業の店舗も多く、学校帰りや仕事終わりに集まり、終電を逃してもファミレスで朝を迎えることが珍しくなかった時代です。

バブル期には、若者だけでなくビジネスマンも多く、商談や打ち合わせが行われることも。高騰する不動産市場の影響で、カフェや個人経営の喫茶店の家賃負担が増す中、手頃な価格で長時間滞在できるファミレスは、多くの人々にとって貴重な存在でした。

不動産バブルとファミレスの関係

バブル期の不動産市場は、地価が高騰し続けることを前提に成り立っていました。ファミレスもその恩恵を受け、積極的に出店戦略を進めましたが、一方で高騰した土地価格の影響を受け、出店コストが上昇。結果的に、売上以上に不動産コストが経営を圧迫するケースも出てきました。

また、当時は「土地を持っていれば儲かる」とされ、多くの企業が本業とは関係なく不動産を買い漁る動きもありました。ファミレスチェーンも例外ではなく、一部の企業は自社所有の不動産を増やし、資産価値の上昇を狙っていました。

バブル崩壊後のファミレス業界

しかし、1991年にバブルが崩壊すると、状況は一変。地価の下落、賃料の見直し、消費の冷え込みなどが重なり、多くのファミレスが厳しい経営を迫られることになりました。

特に、バブル期に高値で土地を取得していた店舗は、固定費の高さが致命傷となり、閉店を余儀なくされるケースが増加。これにより、1990年代後半にはファミレス業界も淘汰の時代を迎えました。

まとめ

1980年代後半のファミレス出店ラッシュは、まさにバブル経済の象徴のひとつでした。不動産価格の高騰と、それに伴う企業の出店戦略が密接に結びつき、一時的な繁栄を生み出しました。しかし、バブル崩壊後の厳しい経営環境の中で、多くのファミレスが撤退や業態転換を迫られたことも事実です。

それでも、あの時代の「右を向けばファミレス、左を向いてもファミレス」という風景の中で、夜通し語り明かした思い出は、今も多くの人々の記憶に残っています。バブル経済の遺産として語り継がれるファミレス文化は、今もなお進化を続けています。

「職場結婚で雇い止め」宮崎産経大が処分撤回 教員側と和解成立

宮崎産業経営大学(宮崎産経大)の「職場結婚による雇い止め」問題が波紋を広げました。この大学には法学部があるにもかかわらず、なぜ法的に問題のある対応を行ったのでしょうか。最終的に大学側は処分を撤回し、教員側と和解しましたが、その背景には自己矛盾が見え隠れします。まるでマッチポンプのような対応で、何かの冗談かと思うような展開です。

法学部がありながら法に反する決定をした矛盾

日本の法律では、婚姻を理由とする不利益な取り扱いは禁止されています。男女雇用機会均等法第9条には「婚姻を理由として労働者を解雇し、または不利益な取扱いをしてはならない」と明確に定められています。また、有期雇用契約の雇い止めも、労働契約法第19条により無制限に行うことはできません。

法学を教える大学がこのような基本的な法律を無視した対応をしたことは、大きな疑問を呼びます。法学部のある大学であれば、少なくとも学内の専門家が法的リスクを指摘し、適切な対応を助言するべきでした。それにもかかわらず処分が行われたことは、大学の意思決定プロセスに重大な問題があることを示唆しています。

大学側の判断ミスとその背景

宮崎産経大がこのような決定を下した背景には、以下のような要因が考えられます。

  1. 管理職・経営陣の法的知識不足 法学部があるからといって、大学全体が法律に精通しているとは限りません。大学運営の意思決定者が法的リスクを正しく理解していなかった可能性があります。
  2. 慣習的な組織文化 企業や大学の一部では、未だに「職場結婚=不利益処分」という古い考え方が根付いていることがあります。こうした価値観が法よりも優先されてしまったのかもしれません。
  3. 労働問題への軽視 非正規雇用の教員は契約更新のたびに不安定な立場に置かれがちです。今回の件も、大学側が「契約更新しなければいい」と軽く考えた結果、問題を引き起こした可能性があります。

結果としての処分撤回と和解

最終的に大学は処分を撤回し、教員側と和解しました。これは大学側が法的な問題を認識し、争いを長引かせることのデメリットを理解した結果と考えられます。しかし、そもそも法的に問題のある処分を下したこと自体が、大学の信頼を損なうものです。

法を教える立場にある大学が、自ら法に反する決定を行うことは大きな自己矛盾です。今回の事例は、組織内で法律の知識をどのように活かし、実践していくかという問題を改めて浮き彫りにしました。

まさに自ら問題を作り出して自ら火消しをするマッチポンプのような対応で、こんなことが現実に起こるのかと疑いたくなります。

今後、同様の問題が起こらないよう、大学側には透明性のある意思決定プロセスと、法律を正しく適用する体制の整備が求められます。

バブル期、1990年代の投資用不動産営業といえば、まさに”熱い”時代だった。

当時の営業スタイルは、今のようなデジタルマーケティングやYouTubeでの広告などとはまるで違う。昼夜を問わず、お客様と真正面から向き合い、関係性を深めながら、なんとなく盛り上がった勢いで契約を結ぶ。そんな泥臭くも人間味あふれる営業が当たり前だった。

深夜にお客様と面談するのも珍しくなかったし、一緒に麻雀を打ったり、ゴルフに行ったりすることも日常茶飯事。接待というよりは、むしろ共に楽しみながら信頼関係を築くのが営業マンの腕の見せどころだった。お客様の懐に入り込み、”この人から買ってもいいかな”と思ってもらう。そんな営業スタイルが主流だったのだ。

最近では、不動産営業のイメージといえば、楽待などのYouTubeでたまに目にするような強引で恫喝まがいの手法を思い浮かべる人もいるかもしれない。しかし、バブル期や1990年代の営業マンたちのスタイルは、決してそんなものではなかった。

確かに、押しの強い営業トークはあったが、それは恫喝ではなく、あくまでも熱意の表れ。お客様の背中をそっと押すような形で、”せっかくだから一緒に夢を見ませんか?”という雰囲気作りが大切だったのだ。

ある先輩営業マンは、”お客様が決められないなら、俺が決めてやる!”と言って、冗談交じりに契約書を差し出すこともあった。お客様も苦笑いしながら”しょうがないな”とサインする。そんな、どこか人情味のある世界だった。

契約が決まれば、そのまま深夜の寿司屋へ直行し、豪快に祝杯をあげる。売る側も買う側も、その場の熱気に酔いしれる。そうしてまた翌日も、新しいお客様と新たなドラマが始まるのだった。

時代が変わり、営業スタイルも変わった。しかし、バブル期や1990年代の投資用不動産営業には、今では味わえない”泥臭くも熱い”人間ドラマが確かにあったのである。

1990年代の投資用マンション営業——ファミレス店長と不動産投資ブーム

1990年代、日本の不動産投資市場は熱気を帯びていた。中でも、ファミリーレストランの店長たちは、不動産投資をする人が多かった。その理由は明確だ。多くのファミリーレストランは上場企業が経営しており、その店長たちは安定した収入を持ち、銀行の融資審査が通りやすかったのだ。

投資用マンションを販売する営業マンにとって、ファミレスの店長は格好のターゲットだった。電話帳を頼りに企業リストを漁る必要もなく、直接ファミレスに電話をかけて「店長いますか?」と聞けば、それだけで営業が始められた。店長の名前が分からなくても問題なし。営業マンは昼夜を問わず、電話をかけ続け、アポイントを取ることに専念した。

深夜のファミレスに呼び出される営業マン

ある日、私はファミレスの店長から「ちょっと話したいことがあるから、0時に店に来てくれ」と呼び出された。普通のビジネスなら深夜の商談はありえない。しかし、ファミレスの店長は遅くまで勤務するため、夜中に話を聞くのは日常茶飯事だった。

店に着くと、そこには店長だけでなく、他のファミレスの店長仲間も集まっていた。すでに仕事を終え、リラックスした様子の彼らは、コーヒーを片手に不動産投資の話を始めた。

「この前買ったワンルーム、利回りが結構いいんだよ」 「でも管理費が思ったより高くてさ……」 「銀行のローン、どこが一番条件いいかな?」

私も営業マンとして、彼らの話に加わるしかなかった。マンションの利回りや融資条件、今後の市場動向……深夜のファミレスは、まるで不動産投資サロンのような空間になっていた。

気がつけば、もう朝の5時。そろそろ帰ろうかと思ったそのとき、「せっかくだから、もう一軒行こうか!」という声が上がった。ファミレス店長たちは、夜が明けるまで投資の話を続ける気満々だった。

90年代ならではの営業スタイル

このように、1990年代の投資用マンション営業は、今とは異なる独特の文化があった。SNSもメールも普及していない時代、営業は対面と電話がすべて。ターゲットを見つける方法も、まるで今の時代のようにデータ分析を駆使した戦略的アプローチではなく、「電話をかけまくる」「深夜でも会いに行く」といった泥臭いものだった。

だが、その泥臭さこそが、人と人とのつながりを生み、信頼を築く営業スタイルだったのかもしれない。

今振り返れば、あの深夜のファミレスでの時間は、90年代の不動産投資ブームを象徴する出来事のひとつだったのだと思う。

バブル期の不動産営業の光と影 ~1988年、新卒社員が見た驚愕の実態~

バブル経済が華やかに咲き乱れた1988年、日本の不動産業界は狂乱の時代を迎えていました。土地の価格は青天井、買えば必ず値上がりするという確信が市場を支配し、不動産営業マンたちはまさに「時代の寵児」となっていました。そんなバブルの最前線に、新卒として飛び込んだ私が目にしたのは、想像を絶する営業スタイルでした。

驚異的な営業成績を誇る上司の“秘策”

当時、私の上司だったA氏(仮名)は、飛ぶ鳥を落とす勢いで営業成績を上げ、役員の座にまであと一歩というところまで昇進していました。彼の成績が群を抜いていたのは、卓越した営業トークや市場の先読み能力によるものはもちろんのこと、まさかの「夜の営業術」でした。

彼は自ら「枕営業」と称し、富裕層の女性顧客たちと親密な関係を築くことで、次々と契約を成立させていたのです。曰く、「夜を共にすれば契約はもらったも同然」。彼の周囲では、次々と高級マンションや投資用物件が売れていき、社内では「色恋営業の達人」として一目置かれる存在になっていました。

成功の裏にある危うさ

当然ながら、そんな営業手法は倫理的にグレーゾーンどころか、ブラックに近いものでした。しかし、バブル経済の熱狂の中では、結果を出すことが何よりも求められました。A氏の成績が爆発的に伸びるにつれ、会社も彼の営業手法には暗黙の了解をしていたようでした。

ただ、バブルは永遠には続きません。市場が崩壊し、土地神話が崩れ去るとともに、A氏のやり方も次第に通用しなくなっていきました。顧客の資産が目減りし、投資の失敗で恨みを買うケースも出てきたのです。そして、ある日突然、彼は会社を去りました。噂によれば、取引先とのトラブルが原因だったとも、あるいは社内の派閥争いに敗れたとも言われています。

バブルの残像、そして今

バブル期の不動産営業は、まさに狂気と熱狂が入り混じる世界でした。A氏のような手法が横行していたのも、この時代ならではの現象だったのかもしれません。しかし、バブルが弾けた後の現実はあまりにも残酷でした。彼のように、時代の波に乗って急成長した者ほど、崩壊の波に飲み込まれるのも早かったのです。

30年以上経った今でも、バブル期の逸話は語り継がれています。しかし、A氏のような生き方が現代のビジネスシーンで通用するかといえば、答えは明らかでしょう。バブルの狂騒に踊らされた者たちの光と影を、私たちは忘れてはならないのかもしれません。

(※この物語は、実際にあった話をもとにしていますが、一部フィクションを交えております。)

バブル期の不動産営業のリアル——「行ってきます」と言って喫茶店へ

1988年、新卒で不動産業界に飛び込んだ私は、すぐにこの業界の“独特な”実態を知ることになった。バブル経済の真っ只中、不動産は「売れば売れる」「何をやっても儲かる」時代。そんな中で働く不動産営業マンたちの多くは、まさに自由気ままな日々を過ごしていた。

「行ってきます」と言って仕事せず

朝、出社すると上司や同僚が「行ってきます!」と元気よくオフィスを出ていく。新人だった私は、「営業活動ってこんなに外回りが多いのか」と感心していた。しかし、しばらくすると、誰も本当に仕事をしていないことに気づいた。

彼らはどこへ行くのか? その答えは簡単だった——喫茶店だ。

オフィスを出た営業マンたちは、行きつけの喫茶店に集まり、コーヒーを飲みながらスポーツ新聞を広げる。時には仲間と競馬やパチンコの話で盛り上がる。昼寝をする者もいる。とにかく「仕事」ではない時間を優雅に過ごしていた。

昼間は寝て、夜はバイト?

驚くことに、昼間の仕事をほとんどせず、夜間に別のバイトをしている営業マンもいた。昼間は外回りという名目でひたすら寝る。そして夜になるとクラブのボーイやガードマン、時には居酒屋の店員として働くのだ。

それでも営業の数字が立つのは、バブル経済のなせる技だった。不動産が飛ぶように売れ、適当にやっていても契約が取れる。お客様も「とにかく買えば値上がりする」と思っていたので、営業の努力など関係なかったのだ。

そんな営業スタイルでも成り立った時代

もちろん、すべての営業マンが怠けていたわけではない。真面目に働いていた人もいたし、トップ営業マンはしっかり稼いでいた。しかし、そうでなくても何とかなったのがこの時代だった。

バブルがはじけた後、多くの会社が倒産し、そんな営業スタイルは通用しなくなった。不動産業界は一変し、本当の実力が問われる時代へと突入した。

今振り返ると、あの時代は夢のようでもあり、異常でもあった。しかし、そんなバブル期の不動産営業を体験できたことは、ある意味貴重な経験だったのかもしれない。

大島てると「告知事項あり」物件の問題点

不動産業界において「告知事項あり」という表記は、物件に何らかの特記事項があることを示しています。多くの場合、これには「心理的瑕疵(しんりてきかし)」、つまり過去に事件や事故があった物件が含まれますが、それだけに限りません。建物が傾いていたり、雨漏りなどの構造的欠陥がある場合にも「告知事項あり」とされることがあります。

事故物件情報を集約し公開しているサイト「大島てる」では、一般の人々が「告知事項あり」とされた物件を情報提供するケースがあります。しかし、不動産広告における「告知事項あり」の詳細までは記載されていないことが多く、情報をそのまま掲載すると、あたかも心理的瑕疵がある物件のように誤解を生む可能性があります。

誤解が生じるリスク

  1. 実際には心理的瑕疵がない物件も掲載される 例えば、単に建物が老朽化していたり、耐震性に問題がある場合でも「告知事項あり」とされることがあります。しかし、「大島てる」にその情報が掲載されると、「過去に何か事件があったのでは?」と憶測を呼ぶことになります。
  2. 風評被害の発生 誤った情報や誤解が広まることで、物件の価値が下がったり、売却や賃貸が困難になるケースが考えられます。実際に心理的瑕疵がないのに「事故物件」と誤認されることは、不動産オーナーにとって大きな不利益となります。
  3. 情報の信頼性の低下 「大島てる」は事故物件情報のデータベースとして一定の信頼を得ていますが、情報の真偽を精査せずに掲載すると、サイト全体の信頼性が低下する恐れがあります。

どうあるべきか?

  • 情報の精査を強化する 一般ユーザーが投稿する情報について、心理的瑕疵かどうかの確認を行い、単なる建物の瑕疵情報と区別する仕組みを導入すべきです。
  • 「心理的瑕疵」と「物理的瑕疵」の区別を明確にする 「大島てる」内で、物件の問題が心理的なものなのか、それとも建物自体の問題なのかを明示するカテゴリ分けを行うと、誤解を減らせるでしょう。

「大島てる」のような情報サイトは、適切に運営されれば消費者にとって有益なものになります。しかし、情報の扱い方を誤ると、不動産市場に不要な混乱を招く可能性もあるため、慎重な対応が求められます。