「昭和は“ご案内中に契約”だった。令和は“クリックされず終了”です」― マンション営業、30年の落差を嘆く話

かつて、マンション営業は**「現場勝負」だった。
今や、マンション営業は
「ウェブ集客」「無反応との戦い」**だ。

バブル崩壊後の“分譲現場”に身を置いていた筆者が、
あの頃の「飛び込み→内覧→即日契約」の熱量と、
今の「問い合わせゼロ→PV解析→広告費だけが出ていく」営業の日々を比べてみた。

🧱第一章:「ご案内→タバコ→契約書」だったあの頃

  • 初回の案内は「3LDK+モデルルーム+缶コーヒー」
  • 同行してくれた奥様の「日当たりいいわね」で9割勝ち
  • ご主人が喫煙所で「どうすっかな」とタバコを吸う間に、上司が契約書を出していた

「本日ご契約なら100万引けます。迷う理由、あります?」

まさに“瞬発営業”。
パンフレットより押印用の朱肉がよく使われていた。

🖥第二章:「まず資料請求を…」で終わる令和

  • 購入者はまず「スーモ」や「ホームズ」で絞り込み
  • 間取りと価格は見てるが、誰とも話したくない
  • 資料請求の9割は「冷やかし」または「比較用PDF収集」

Zoomで案内したが、画面の向こうに人影がない。

「接続が不安定なので、また後日」→二度と繋がらない

営業は“相手の迷い”ではなく、“興味の無さ”と戦う。

🧾第三章:比較表で見る「マンション営業の地殻変動」

項目昭和〜平成初期令和時代
初回対応モデルルームへ即案内メール自動返信+PDF送付
商談時間1〜2時間でクロージング数回Zoomでも未決
セールストーク「今日買うと〇万円引き」「将来の資産価値は…」
契約率内覧客のうち3〜5組に1組資料請求100件に1件以下
武器フットワークと人間力Web広告とシステム連携
ライバル物件無関心とSNSの悪評

🧠第四章:「売る」のではなく、「選ばれる」しかない時代へ

今の営業は「買ってください」ではない。
「もし良ければ…」と手を差し出して、選ばれるのを待つ。
まるで就活。まるで婚活。

売る側が主導権を持っていた時代は終わった。

それでも、ひとつだけ変わらないものがある。
それは、「この人から買ってよかった」と思わせる営業の力

🔚まとめ:パンフより「営業マンの顔」が武器だった時代

バブル期には、パンフレットより営業マンの「顔」や「勢い」が契約を動かした。
今では、パンフはPDF、営業マンはLINEのアイコン程度。

だけどやっぱり、
「この人の話を聞いてみたい」と思ってもらえる営業マンが、
最後に勝つのかもしれない。

バブルの接待は土地が動いた。令和のZoomは画面が固まる。

―不動産営業“栄光の昭和”と“自己責任の令和”を比べてみた

「24時間戦えますか?」
かつてテレビからそんなコピーが流れ、営業マンはスーツの下に黄色いリゲインを隠し持ち、夜の銀座に消えていった。

港区西麻布、深夜2時。
地主との交渉は焼肉の網越しに、決裁はスナックのカウンターで。
午前3時、ようやく口頭でOKをもらい、明け方にタクシーで事務所へ。
汗と酒と、ちょっとしたハッタリで、土地が動いた時代だった。

あれから30年以上。今では物件情報はPDF、接客はZoom。
「背景ぼかし」が“営業モード”になり、FAXの代わりにLINEで現地案内。

今回は、バブル期に不動産業界で働いた筆者が、あの“泥臭い営業”と今の“スマート営業”を、笑いと涙を交えて振り返ります。

🥃第一章:バブル期の不動産営業は“夜”に勝負が決まった

1988年。私の業界の先輩は当時、都内某不動産会社の営業課長として、港区の再開発案件を担当していた。
「田島さん(仮名)」は渋谷で焼肉屋を3軒経営する地主だった。

電話での交渉は、まず「今夜、渋谷で一杯どう?」から始まる。
一次会は焼肉、二次会はクラブ、三次会はカラオケ付きスナック。
ようやく3軒目の締めで「おたくに任せてもいいかな…」と田島さんが言ったとき、私は心の中でガッツポーズをしていた。

名刺は分厚く、ポケベルは鳴りっぱなし。
「地上げ」と「根回し」と「宴席」の三位一体で、物件は動いた。

「情報は銀座のママが持っている」なんて冗談が、本気で信じられていた。

💻第二章:令和の営業は“背景ぼかし”で始まる

2025年。今、私が扱っているのは杉並区の築古アパート。
相続した地主の娘さんが大阪に住んでおり、商談はすべてZoom。
初回打ち合わせで「画面共有いいですか?」と聞かれ、
契約書はクラウド上で電子サイン、委任状はPDF+スマホ写真。

土地が動く瞬間に立ち会えない、というより“立ち会う必要がない”。

しかも、相手の表情はマスク付きか、Zoomの背景に溶けている。
意思決定の裏側にある“心の揺れ”を読み取る機会が減った。

正確で、便利で、無機質。温度のない営業が標準になった。

🔄第三章:比較してみた「バブル営業」と「令和営業」

項目バブル営業(1980年代)令和営業(2020年代)
顧客対応同伴出勤、酒の席で信頼構築Zoom、LINEで論理重視
情報収集飲み屋、同業者の噂、ママの一言SUUMO、ATBB、登記情報API
商談の現場銀座・赤坂のクラブ・料亭自宅の書斎・カフェのWi-Fi席
決裁タイミング「じゃあ売るよ」で口頭OK書類チェック→電子署名
クレーム対応土下座、菓子折り、飲み直しメール返信+証拠提出
信頼構築人間関係と根回し論理とデータと即レス力

人間関係で「上げた」バブル、効率性で「逃げる」令和。

🎤第四章:失われた“ドラマ”と得られた“効率”

バブルの頃、営業マンは“役者”だった。
地主の過去も家族構成も酒の席で自然に引き出し、
話の合間に「測量の話」や「セットバック交渉」がねじ込まれる。

一方の令和では、役者ではなく“マネージャー”が求められている。
すべてが記録され、比較され、コスパで評価される。
酒を飲まなくても、距離は詰まらない。けれど、誤解は減る。

どちらがいいか、とは言えない。
ただひとつだけ、昔の営業の方が「印象」は残った。

🏁まとめ:Zoomの画面越しに、銀座の灯りが見えるか?

バブル営業の本質は「人に賭ける」ことだった。
令和営業の本質は「効率に賭ける」ことかもしれない。

でも、土地を動かす瞬間というのは、今も昔も変わらない。
「この人なら任せてもいい」と、相手が思ってくれるかどうか。
それだけは、どんなに時代が進んでも、Zoomには映らない。

かつて、銀座のクラブでママに言われた言葉がある。

「あんた、人に覚えられてなんぼの商売よ」

いまだにその言葉が、画面越しの沈黙の中で、ふと響くときがある。

📸「リゲイン」CM:24時間戦えますか(YouTubeリンク)