バブルの接待は土地が動いた。令和のZoomは画面が固まる。

―不動産営業“栄光の昭和”と“自己責任の令和”を比べてみた

「24時間戦えますか?」
かつてテレビからそんなコピーが流れ、営業マンはスーツの下に黄色いリゲインを隠し持ち、夜の銀座に消えていった。

港区西麻布、深夜2時。
地主との交渉は焼肉の網越しに、決裁はスナックのカウンターで。
午前3時、ようやく口頭でOKをもらい、明け方にタクシーで事務所へ。
汗と酒と、ちょっとしたハッタリで、土地が動いた時代だった。

あれから30年以上。今では物件情報はPDF、接客はZoom。
「背景ぼかし」が“営業モード”になり、FAXの代わりにLINEで現地案内。

今回は、バブル期に不動産業界で働いた筆者が、あの“泥臭い営業”と今の“スマート営業”を、笑いと涙を交えて振り返ります。

🥃第一章:バブル期の不動産営業は“夜”に勝負が決まった

1988年。私の業界の先輩は当時、都内某不動産会社の営業課長として、港区の再開発案件を担当していた。
「田島さん(仮名)」は渋谷で焼肉屋を3軒経営する地主だった。

電話での交渉は、まず「今夜、渋谷で一杯どう?」から始まる。
一次会は焼肉、二次会はクラブ、三次会はカラオケ付きスナック。
ようやく3軒目の締めで「おたくに任せてもいいかな…」と田島さんが言ったとき、私は心の中でガッツポーズをしていた。

名刺は分厚く、ポケベルは鳴りっぱなし。
「地上げ」と「根回し」と「宴席」の三位一体で、物件は動いた。

「情報は銀座のママが持っている」なんて冗談が、本気で信じられていた。

💻第二章:令和の営業は“背景ぼかし”で始まる

2025年。今、私が扱っているのは杉並区の築古アパート。
相続した地主の娘さんが大阪に住んでおり、商談はすべてZoom。
初回打ち合わせで「画面共有いいですか?」と聞かれ、
契約書はクラウド上で電子サイン、委任状はPDF+スマホ写真。

土地が動く瞬間に立ち会えない、というより“立ち会う必要がない”。

しかも、相手の表情はマスク付きか、Zoomの背景に溶けている。
意思決定の裏側にある“心の揺れ”を読み取る機会が減った。

正確で、便利で、無機質。温度のない営業が標準になった。

🔄第三章:比較してみた「バブル営業」と「令和営業」

項目バブル営業(1980年代)令和営業(2020年代)
顧客対応同伴出勤、酒の席で信頼構築Zoom、LINEで論理重視
情報収集飲み屋、同業者の噂、ママの一言SUUMO、ATBB、登記情報API
商談の現場銀座・赤坂のクラブ・料亭自宅の書斎・カフェのWi-Fi席
決裁タイミング「じゃあ売るよ」で口頭OK書類チェック→電子署名
クレーム対応土下座、菓子折り、飲み直しメール返信+証拠提出
信頼構築人間関係と根回し論理とデータと即レス力

人間関係で「上げた」バブル、効率性で「逃げる」令和。

🎤第四章:失われた“ドラマ”と得られた“効率”

バブルの頃、営業マンは“役者”だった。
地主の過去も家族構成も酒の席で自然に引き出し、
話の合間に「測量の話」や「セットバック交渉」がねじ込まれる。

一方の令和では、役者ではなく“マネージャー”が求められている。
すべてが記録され、比較され、コスパで評価される。
酒を飲まなくても、距離は詰まらない。けれど、誤解は減る。

どちらがいいか、とは言えない。
ただひとつだけ、昔の営業の方が「印象」は残った。

🏁まとめ:Zoomの画面越しに、銀座の灯りが見えるか?

バブル営業の本質は「人に賭ける」ことだった。
令和営業の本質は「効率に賭ける」ことかもしれない。

でも、土地を動かす瞬間というのは、今も昔も変わらない。
「この人なら任せてもいい」と、相手が思ってくれるかどうか。
それだけは、どんなに時代が進んでも、Zoomには映らない。

かつて、銀座のクラブでママに言われた言葉がある。

「あんた、人に覚えられてなんぼの商売よ」

いまだにその言葉が、画面越しの沈黙の中で、ふと響くときがある。

📸「リゲイン」CM:24時間戦えますか(YouTubeリンク)

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